2007年9月16日日曜日

Plain Living, High Thinking

「シンプルな暮らし、自分の頭で考える力」
これはイギリスの詩人ワーズワースの言葉です。

⇒季刊誌「考える人」編集長 松家仁之(まついえ・まさし)
のメッセージの一部を転記します。

 『暮らしにはモノも情報も溢れている。私たちが日々のなかで「考えている」のは、ほんとうに自分が考えたことなのか、疑い始めるとなんだか怪しくなってくることもあります。溢れる情報の何を選択し、何を捨てるのか。暮らしに大切なこと、不要なモノをどう判断すればいいのか。大きな変革の波は、私たちの生活に、頭のなかに、じわじわとしみこみ始めています。その大きな波のなかで自分の船をどのように漕ぎ出せばいいのか、途方に暮れることも少なくありません。
 ものの考え方と暮らしはウラとオモテのようなもの。暮らしぶり、生き方と無縁の「ものの考え方」はないはずですし、「ものの考え方」はその人の日常から切り離すことはできないはずです。plain living があってこその high thinking であり、high thinking あってこその plain living なのです。・・・・・・』

「清貧」(honest poverty)という言葉が流行ったり、長らく経団連会長を勤めて日本経済を牽引する立場にいた土光敏夫氏はめざしを食べていたという話もありますが、質素な暮らしをすることは意志の力がいることだとも思います。私などついつい目新しいモノへの誘惑に負けてしまいます。
high thinking =様々なことに関心を持ちつつも、芯があって自分としての軸がぶれない考え方を持ちたいと思ってはいるのですがなかなか路遠しです。

2 件のコメント:

sekisei さんのコメント...

vctaddy 様

「道ひとすじ」管理人sekiseiです。

ブログ拝見いたしました。日常のなかに音楽がとけ込んでいて素敵ですね。とてもあこがれます。

わたしも3歳くらいからヴァイオリンを習っていたのですが,中学生の頃,1年ほどブランクをあけてしまいました。すぐに復帰したものの,それまではどんぐりの背比べだった幼なじみとの音色の差(響きが全然違う!)にショックを受け,いつのまにやら遠ざかってしまいました。20年近くつきまとう「あのとき止めなければ」の未練とともに,引っ越しのたびに愛用していたヴァイオリンも連れては来るのですが・・・いまのところ,なかなか,ケースを開く気力が満ちてきません。

vctaddy(Tadashi Fujii) さんのコメント...

Sekiseiさん
コメントありがとうございます。そうですか、violineをまだ手元にお持ちなんですね。ケースから出してインテリアにされては。そのうち自然と手が伸びるようになりますよ。きっと。
私はしばらく化粧品関係の仕事をしていましたし、for MENにはこだわりもあるのでブログとても興味を持って拝見しました。Sekiseiさんのブログ写真の品良さにも刺激を受けたので携帯写メからCyber Shot DSC W-200に変えようかなと思っています。